飛行老人の飛行機話

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2025年07月

 28日は急遽小松へ、朝3時半に家を出て、羽田発7時5分のJ社の小松便に乗った。
定刻の8時5分に到着、飛行機を降りてPBBを歩いているとゴーッと激しい爆音が聞こえた。何事かと外を見るとFー35B着陸する姿がチラッと見えた。急いで良く見える場所まで移動してカメラを引っ張り出したら何とか3機目を撮影出来た。

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 地元のIさんが出迎えに来てくれていたので便乗して着陸ポジションへ向かったが、先ほど降りた黒ヒツジのFー35Bが上がりそうになったので、離陸ポジションへ移動。ほどなくして先程降りた3機が離陸して来た。2番機はかなり低めで良し良し。ところが3機目は良い所でお腹バックリでガックリ。

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 地元のドラゴンもローカルで上がった。尾翼のドラゴンもほとんど見えない、味気ない飛行機だ。

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 昨日は上がらなかったZZのKCー135は今日午前11時半ごろに03Rを離陸した。現地から上がりそうだとの連絡を受けたので、FR24を監視していたら、03Rを離陸後ほぼ真っ直ぐ上昇して来たのでカメラを持ってスタンバイ。離陸後10分程で上空に姿を現した。

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 なおツイッターによるとKCー135がE5で待機中に小松のFー15が2機21Lで着陸したらしい。
どうやら津波警報が出たのでその監視でスクランブル発進、太平洋沿岸を飛んでいて燃料不足で百里へ降りたようだ。以前には地震で被害状況を調査の為にFー15を飛ばしているが、空幕上層部の見識を疑いたくなる、福崎ならいざ知らず単座機で果たして状況視察など出来るのだろうか?せめて多数の目が有るUー125の方が適していると思うのだがね。










 昨日は出かけて遅くなったが、百里が気になって早朝出勤した。すると案の定三沢から来ていたWWはお帰り準備をしていた。やはり明日迄の予定だったが早めに切り上げるようだ、良くあることだがね。
 色々な情報から推定すると、1機が不調で1,2,2で早朝に上がって行った。最初に上がったソロはかなり捻って来たので、2機目以降はそれなりの場所へ移動したが、裏切られてほぼ真っ直ぐの上がり、低いのが救いだった。

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 カブトは通常ミッションだったので、降りへ行ってもと思い中が見える場所へ移動、KCー135はドアを開けたり、フラップダウンしていたのでしばしスタンバイ。カブトは普通に降りて来た。

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 残っていたFー16の複座型は12時半過ぎに動きが有り、13時過ぎには低い上がりで帰って行った。

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 どうもパッとしない今回の米軍との共同訓練、25日は別行動だった。カブトは初めて見たAAMー5の訓練弾を付けていた。

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 オーバーヘッドアプローチするFー16に果敢にインターセプトする?カラス。しかしかなわないとみてさっとブレーク。

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 35FWの隊長機、イタチに来て欲しかったね。

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 今日は日付けネタで7月27日という事で、一時は世界を席巻したBー727。
私が大阪へ行った1972年秋はA社のBー727はー200の導入が進み、ー100は順次退役していた。そんな中でJA8306はエアパナマ(HPー619)への売却が決まり、ANAMで整備が進められていた。
 B727に続いて、Fー27やYSー11の売却整備も進んでいて、私は本業そっちのけでそれらの機体を追っかけまわしていた。このー100はキャビンプレッシャーコントロールが難しい、そんな苦い思い出のBー727である。

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 何機かはー200導入に合わせた新塗装になった。JA8303、伊丹空港。今は公園になっている滑走路のトンネルを抜けた南側の道路沿い、ー200に比べると機体が軽いせいか離陸性能は良かった。

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