白黒が続いたので今日は色付きを、1996年5月に開催された戦技競技会は小松基地。
この時の目玉はカブトのFー1、機首にシャークマウス、尾翼にはハチロク時代の2本の白渕の赤い帯を描いていた。この時は地元マニアの仲介だったと思うが競技開始前の日曜日に撮影会が有って基地広報班のお世話になった。ネガカラーをスキャンしたがコダクロームに比べると退色が激しい。
一番後ろにいるのは知る人ぞ知る”ハカセ”だ。一人だけこちらを向いているのは何をしていたのだろうか、本人に聞いてみたいものだ。
描いた整備員の腕が良いのかFー1にもシャークマウスが良く似合う。
おまけは6スコの機種アップ、デザインは同じでタックネームが違っていた。8スコは変化無し。
この時の目玉はカブトのFー1、機首にシャークマウス、尾翼にはハチロク時代の2本の白渕の赤い帯を描いていた。この時は地元マニアの仲介だったと思うが競技開始前の日曜日に撮影会が有って基地広報班のお世話になった。ネガカラーをスキャンしたがコダクロームに比べると退色が激しい。
一番後ろにいるのは知る人ぞ知る”ハカセ”だ。一人だけこちらを向いているのは何をしていたのだろうか、本人に聞いてみたいものだ。
描いた整備員の腕が良いのかFー1にもシャークマウスが良く似合う。
おまけは6スコの機種アップ、デザインは同じでタックネームが違っていた。8スコは変化無し。
コメント
コメント一覧 (4)
大阪の当時に何度か世話にあったけど、小松の広報は素晴らしい。
hikorojin
がしました
自分もこの年の戦競期間中の日曜日にお世話になっていました、ひょっとしたら同じ所にいたかもしれませんね。
hikorojin
がしました
当時は小松近辺のマニアは何人か知っていましたが、富山の人に知り合いはいませんでした。
hikorojin
がしました
小松は地元マニアの広報とのコミュニケーションが良かったので色々と便宜を図ってもらえましたね。
hikorojin
がしました