飛行老人の飛行機話

Yahooからの引越しに伴いタイトルを変更

 今日は1977年のIATでのカナダのマルヨンです。
 
 この時は4機が飛んで編隊飛行を見せてくれたように記憶していますがネガが見当たりません。
 
 また当時は東西冷戦が続いていてカナダもNATOの一員として西独のバーデンゾーリンゲン基地にマルヨンの飛行隊が展開していました。
 
 塗装はデンマークより若干明るいOD色でしたが、その後1983年のIATに展示された2色迷彩に変更されています。
 
 塗装からみるとカナダのマルヨンも要撃よりも低空攻撃が主任務だったように思います。
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 今日のパート2、成田の昨日です。
 
 昨日の成田は北東の風が強く最初は34だったのですが11時頃のBAの離陸から16に変わりました。
 
 それでも風向きの変化はほとんど無くて強い左からのクロスウィンドでのオペレーションでした。
 
 離陸は地面に足が付いているのでましですが着陸のアプローチでは機体が風下に流されるので、風上に若干頭をふってのいわゆるクラブ(蟹の横這い)姿勢でタッチダウンポイントを目指して滑走路の延長線に沿って飛んで来ます。
 
 勿論そのままタッチダウンするとタイヤが斜めに接地して下手をするとバーストする事があるので接地直前に滑走路センターラインに平行させることになります。
 
 という事で下の画像ではセンターだったラダーが上では少し右に曲がっているのがわかると思います。
 
 なお半世紀近く現役で飛び続けている米空軍のB-52は胴体下に4つある車輪の取り付け軸が左右に曲がるため機体は斜めを向いたまま着陸することができます。
 その後このシステムを採用されたという話を聞きません。良いアイデアだと思うのですが。

 1979年のIATの画像が出て来ました。
 
 この頃はIATもオリンピックと同じく商業主義にはしっておらず、比較的のんびりムードでした。
近年は毎年開催、会費も随分と高くなりました。誰かさんは撮影の良い場所を確保するため会場へ着くとすぐに翌年の予約を入れるとか。困ったもんです。
 
私は冷戦崩壊後東側の機体が参加するようになる頃は色めきたちましたが、その後機体の種類が減少してあまり魅力がなくなり、もう10年ほど行ってません。
 
 1979年はヨーロッパでもマルヨンがバリバリ飛んでいてIATへの参加もカナダ、ベルギー、イタリア、西ドイツ、デンマーク、オランダなどからありました。
 地上展示だけでなく展示飛行もしてくれました。
 
 さて今日はその中から展示飛行を終わったあとのベルギーのマルヨンの転がりです。
米軍のマルヨンにもベトナム迷彩がありましたが、意外と似合います。
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