飛行老人の飛行機話

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カテゴリ: 昔の写真、北京

 北京その3は当時その後集約され3社の中で東方航空は撮れなかったのでその他の航空会社。
 今は派手な中国的塗装になった海南航空のB737も当時はかなり地味。

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 今も存続するアモイ航空の、B757。

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 上海航空のB757。

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 吸収合併されて消えた西北航空のBAE-146。

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 ATB,検索したけど判明しなかったDHC-6、尾翼の国旗からすると公的機関と思われます。ATBはAir Transport Bureau の略かも知れません。

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 北京空港その2は中国南方航空、チャイナサザン。
1988年の中国民航解体に伴って設立された広東州広州市の白雲空港を主基地にしていて今や本家の中国国際空港を凌ぐ中国最大の会社になるとは夢にも思わなかったのが当時の思いです。
1994年3月のB-737。

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同じくB757。

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東西の滑走路を結ぶ誘導路の北側地区がオープンスポットに使用されていた。

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 2002年には乱立した航空会社の集約政策で中国北方航空と新疆航空を取り込んでほぼ中国本土を手中に収めたようです。
1994年3月21日の新疆航空、IL86。新塗装には残念ながら出会えませんでした。
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同日の中国北方航空のMD-82。
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 竹のカーテンが開いてから初めての北京へ1994年3月に訪問しました。
目的は中国民航一社だった航空会社が雨後のたけのこが出るように分割されて増えた航空会社の機体を撮る事と郊外の山を繰りぬいた洞窟格納庫を展示場にした航空博物館を訪ねる事でした。
 当時の北京空港は現在の1ターミナルだけと今では想像出来ない位小規模、大型機はすべて沖止めスポットでした。
 滑走路はターミナルを挟んで東西に2本、それぞれ南北方向並行の2本だけでした。
1タミの北側に東西滑走路を結ぶ誘導路があり今も使用している様です。
 1タミの東側、現在の2タミ辺りにその誘導路を横切る道路があり、警備員がいて交通整理をしていました。そこから転がりを撮れたのですが手前の誘導路は近すぎてB-737でも真横が画面ギリギリでした。
最初は中国民航本体を受け継いだエアチャイナ、中国国際航空から。

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 もう一箇所は西側滑走路の南端、滑走路に入る手前の転がりがB747ではみ出る位だったように記憶しています。

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