飛行老人の飛行機話

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カテゴリ: ヘリコプター、民間機

 昨日はTDAだったが、今日は中日本航空(NNK)のB214を。
100万ボルト送電線建設工事に伴い、国内の大手ヘリ会社ではそれまでの薬散事業から物輸にシフト、NNKではB212とB214を導入した。
 この時も何処からか情報をもらい、小松へ行ったついでに小松の東の白山山麓の尾小屋へ撮影に行った。
通常の背景は森林だが、ここの背景は岩場だった。

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 このところ撮影の機会が無いのでせっせとスキャンをしている。
そんな中から1980年代にハマっていた働くヘリコプター。ヘリポートでは離着陸のあまり動きの無い姿しか撮れないが、現地では躍動的に飛ぶ姿が新鮮だった。
 関西在住だった当時たまたま八尾のTDAにいたパイロット、稲葉氏と知り合い色々と情報を教えてもらった。
そんな中で関西電力が100万ボルト送電線の紀伊幹線を建設していて、山の上の鉄塔建設にヘリが資材輸送をしているという話を聞きつけた。
 それで行ったのが河内長野の物輸基地、山の上の現場は行けそうもないが、こちらは物質の集積の為に大型トラックが入る道路沿いにあるので行きやすかった。
 この日は鉄塔建設の基礎工事の生コン打ちだった。生コン車で運んできた生コンをバケットに移し替えて頻繁に現場と往復していた。この時のパイロットは確か稲葉氏だったはず。

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 今日は何の日シリーズ、空軍機ではYFー107というFー100の改造型が存在したが3機の試作機だけだったので撮る機会は無かった。現物はデイトンとピマに展示されているらしいが見に行くことも無いだろう。
 という事でKVー107から。
日本では陸海空の三軍で運用されたが、民間型は川重の関連会社で運用されただけに終わった。
 しかし川重では輸出型を生産してスウエーデン海軍やサウジの消防に採用された。スウエーデン海軍は残念ながら撮影の機会は無かったが、サウジは2度のチャンスがあった。
 1978年10月11日、岐阜。

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 1982年4月2日、岐阜。

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 日にちが又戻って26日、この日の最終ミッションはエアリフトのKV-107、JA9555”美濃”。
臨時ヘリポートは背景の紅葉は綺麗だったが午後遅くなると冬型の気圧配置だとどうしても雲が多くなってきて
日が当たらず良い色に出なかったのが残念だ。
 KV-107は生コン打ちをやっていたがこのバケットは他の機体と違ってゴム袋を使っていた、重量軽減の為と
思われる。

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1981年10月27日に逆戻り。
26日は予定を終了して宿探し、確か上三依でで見つけたと思うが定かでない。夕食の席に3人の中年男性がいたので話をしてみると、TDAのヘリメンバーだった。色々と情報を仕入れると朝日ヘリのAS330も入っていると聞き27日は朝一で現地へ。現地へ着くと未だめんばーは来ておらず、カバーもかかったままで霧もかかっている。
これはもしかしたらその日の作業は無いかなとしばらく待っていたらやっと登場。AS330、JA9541。

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離陸はしたが、当分帰って来さそうも無かったので離陸を撮って次のヘリポートへ移動した。

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