飛行老人の飛行機話

Yahooからの引越しに伴いタイトルを変更

カテゴリ: 昔の写真、オーストラリア

 1995年3月24日のAVARON、オーストラリアのメルボルン近くの飛行場でダウンアンダーエアショーがあった。
この時は確か6回目の訪豪だったと思うがこれが最後になるだろうね。
 この時に撮れた軍用機、豪空軍で飛んでいたSP-2E、退役後も動態保存されていて航空ショーなどのイベントでは飛んでいたが今はどうなっているだろう。

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 独特の迷彩だった豪空軍のC-130。

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 同じく豪空軍のB-707、C-130も以前はこの塗装だった。後方に見えるハンガーの会社は日本の航空会社も昔はC整備を委託していたが今では東アジアにシフトしているようだ。

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 NZ空軍のアンドーバー、こちらは独特の濃いグリーン迷彩。迷彩も最近では世界で似たような絵柄になってしまってマニアには寂しい。

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シドニーその2、まずはカンタス航空、当時はB747が全盛時代だったが長距離型のSPを使っている会社は少なかった。

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オーストラリアン航空のA-300、以前はTAAだったがいつの間にか名称が変更されていた。その後カンタスに吸収された。
尾翼にカンガルーが描いてあるのはその前兆だったのか。

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イーストウエスト航空のF-28、日本名にすると東西航空。

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イースタン航空のEMB-110。

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こちらもリージョナル、ハーッェルトン航空のPA-31。

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先の尖った飛行機が続いたのでたまには先の丸い飛行機を。
1980年代の半ば(スライド枠に日付が入ってないので不明)2回目に訪れたシドニーではアンセット航空が未だ元気だった。1990年後半にはスターアライアンスにも加盟して、関空にも乗り入れを果たしたのだがその後倒産してしまったのには驚いた。
アンセットにはシドニーからメルボルン迄乗った事があるが、機内で面白い出来事があったのが記憶に残っている。同じ便に地元の高校生の団体が乗り込んできたが、CAが安全設備のデモをする際に手じかの高校生を立たせて即席のデモをさせたところ仲間たちから喝采された。
1970年代に見た時は赤と黒の帯だったがかなりイメージチェンジしていた。多分この塗装は2代目)
B-737。

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B-767、タイトルが違っている ( Cock Islands International )がリースしたのかな。

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F-50、こちらもタイトルが違う( Air New SouthWales )が子会社のリージョナルエアだろう。

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豪州では1976年から1984年まで空母メルボルンで運用していた。日本へも何回か空母に載って来たらしいが見る機会が無かった。
最初に見たのは遥か離れた英国、1979年のIATだった。
その後1988年の豪州、シドニー郊外のリッチモンド空軍基地で開催されたダウンアンダーエアショーでは、既に退役していたが動態保存されていて飛んでいる姿を見る事が出来た。

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オマケに一緒に飛んだSP-2E。

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 昨日に続いて同じエアショーで展示された新加波空軍のA-4SU,スカイホーク、ドラッグシュート付き。
NZのヨーロピアン迷彩に対してこちらはベトナム迷彩。
 どちらも展示飛行があったはずなのに動いている姿は新加波しか見つからない。

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