飛行老人の飛行機話

Yahooからの引越しに伴いタイトルを変更

カテゴリ: ヨーロッパ、軍用機

 しばらく間が空いてしまったが撮影に行っていたのでは無く、ゴートーホスピタルのキャンペーン?に乗っかってしまい、今日やっと帰宅。痛い思いをするわ、暇を持て余すわ、宿泊料金に補助は出ないわと踏んだり蹴ったりの一週間だった。
 という事で中断してしまったIAT1979のカナダのマルヨンの続き。4機が編隊、プラスソロの1機はノータンク。

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最後はフォーメイションブレーク。

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 1979年のIATには西独ゾーリンゲン駐留のカナダ空軍のCF-1045機がデモフライトを実施した。
4機の編隊とクリーンのソロが飛んだ。勿論正式なアクロチームではなく即席のチーム、今となってはぜいたくなフライトだった。

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 昨日の続き、パトルイユ スイス。
当時の機体は胴体下は鳥のえが描いてあったが胴体は通常塗装、機首にエンブレムが書いてあるのみだった。
 現在の機体は専用機塗装だが、パイロットはパートタイマーで週一、月曜だけアクロの訓練をしているそうだ。
翻ってわが国では展示飛行が出来ないのに専任で訓練を続けているようだが、現在の南西地方の状況を考えるとはたして現状で良いのだろうか?
 使用機のT-4もまだ各飛行隊では不足している、機体は各飛行隊へ配置換え、パイロットも南西地方へ配置換えなど検討したほうが良いと思うけど、河野行革大臣、F-2の後継機にイチャモンつけるならこちらのほうを先にやるべきだと思うのだけどね。

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 パトルイユ スイスは1964年に結成されて1994年迄ハンターで飛んでいたそうだ。その後はF-5に機種更新され、また塗装も赤と白の全面塗装に更新され、今も飛んでいるようだ。
 今回飛んでいる姿の画像が見つからなかったのでフォトバスから撮った列線の状況を。

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 IATには欧州各国、当時はNATO加盟国から色々とアクロチームが参加していた。
ポルトガルからはT-37の”アサス・ド・ポルトガル”というチームが来ていた。どちらかというと低速な練習機なので
切れや迫力はイマイチだったが、6機編隊離陸は見ものだった、何処かのアクロチームに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものだ。このチームは1977年から1992年まで展示飛行をしていたので見た人も多いはずだ。
 T-37の退役に伴い活動は休止したがその後アルファジェット4きで復活したそうだが、現在は休止しているらしい。私はこの新しいチームにはまだ遭遇していない。

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