飛行老人の飛行機話

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カテゴリ: 昔の写真、伊丹

 昔のスキャンをした画像に今から45年前に撮影した画像が出て来た。この日の大阪国際空港(現在は伊丹空港)に珍しい外来が来ていた。
 宮崎空港を本拠地とする航空大学校のビーチクラフトE33”ボナンザ”、当時の初級練習機だが、クロスカントリーで来たようだ。

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 近づいてコックピットを、機体はどれだったかな。

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 伊丹空港は騒音対策の為にランウエイ32が優先滑走路になっている。(現在はどうか判らないが)
もっとも地形上北寄りの風が多く、南寄りの強い風が吹くことはあまりなかった。10年近くの関西在住でも撮影機会は10回あったかどうかだった。
 1985年6月ランウエイ16RにアプローチするJALのB747SR。後方には国道176号線に架かる軍行橋や高速中国道が見える。赤白のチェッカーの屋根は池田市が本社のダイハツ。

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 ランウエイ16Rを離陸する、今は消えてしまった(デルタ航空に吸収された)NWAのB747、太平洋横断路線が羽田経由で伊丹まで来ていた。

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 昨日はB747だったが、今日はL1011。
1980年頃は32Rエンド、ANAM脇で転がりや午前の32Lの離陸を撮れるマニアの溜まり場が有ったがその後手前にフェンスが設置されて撮影できなくなってしまったのが残念だ。

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 機体が軽いと上のような感じだが重いと(沖縄や札幌便)はやはり滑走距離が延びる。

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 しばらく軍用機が続いたのでたまには民間機でも。
今では滑走路西側に立派な見学施設が出来たが、当時は用水路沿いの道路が撮影ポイントだった。
 他の空港ではここまで滑走路に近づけるのは福岡空港ぐらいだった様に記憶している。B747だったら標準レンズでも真横は撮れたしね。
 1980年3月、大阪ー羽田線にはB747SRが飛んでいた。全日空は日本航空よりB747SRの導入が遅れたので当時はピカピカの機体が飛んでいた。

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 鄧小平国家主席の帰国後、10月23日に伊丹にCAACのB747SPが飛来した。
定期便はトライデントだったが旅客増に伴うタイプチェンジだったのか、臨時便だったのかは今となっては定かではない。

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