飛行老人の飛行機話

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カテゴリ: 昔の写真、イギリス

 IAT1985年のデパーチャーデイから。
HS-125。

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キャンベラ。

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ドイツ空軍のキャンベラ、標的曳航機らしい。

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BAC111。

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ビクター。

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 欧州では基地が近い為か、わが国と違ってクロスカントリーが頻繁に行われていた。
ビンブルックも例にもれず、この時も色々な外来が有った。
 チェイスとアプローチするUSAFEのA-10。

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 RAFのファントムも飛来、かなり汚い制空迷彩だった。

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 ライトニングの後継機、戦闘機タイプのトーネードーF3も飛来、こちらは綺麗な制空迷彩だった。

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 おまけに着陸するライトニング。

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 日付けネタも尽きたので最近スキャンした古い画像から、今日はライトニングF6。
ライトニングと言えば今ではステルスのF-35だが、1960~80年代ではイングリッシュエレクトロニック(のちにBAC)”ライトニング”だった。上下にエンジンを縦に搭載した姿は独特の形状だった。エンジン取り卸し、特に上側は整備士泣かせだったと聞いている。
 何時かは撮りたいと思っていたが1980年代に英国に行きだしてから退役前に何とか動いている姿を撮る事が出来た。一時は防空を一手に引き受けていたが、1980年代には2個飛行隊がビンブルックで余生を過ごしていた。
 ランウエイ21エンドでA-10のローアプローチを待つLTFの複座型、座席はサイドバイサイド。

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 ランウエイ21に転がるLTFのF6。

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 同じく旧迷彩の5飛行隊。

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 5飛行隊の新制空迷彩。

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 11飛行隊の制空迷彩。

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 IAT1979のフライトエリアにいた黒いCHー47は結局飛ばなかった。
昔のUSARMYのヘリの塗装は明るい黒色だった。陸自のAH-1Sの1,2号機の最初の色を覚えているだろうか。
 しかしこのCH-47は真っ黒と言ってよい黒色だった。かろうじてUSARMYの文字は見えるがシリアルは拡大しても判明しない。何か特殊任務に就いていたのだろうか。

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 今日、1月14日はTUー114があるが残念ながら東京五輪の際に選手団が来日した際に自宅上空を飛んだ姿を見ただけで撮影はしていない。
 先日友人がDASHー7を取り上げたので探したら1979年のIATでカナダ空軍のDASHー7がデモフライトをしていた。当時のカナダ空軍の機体は白をベースに赤い線と綺麗な塗装だった。

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