飛行老人の飛行機話

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カテゴリ: 昔の写真、厚木

 多分2回目の厚木訪問は5ヵ月後の8月だった。PRレター(VQ-1)のEA-3Bは
アガナがベースだったが厚木にDETがあった様で休日でもミッションがあり、サンデーマニアでたまに厚木へ行く人には貴重な機体だったようだが地元マニアの中には見向きもしなかった人がいたようだ。当時は今と違ってフィルムなのでもったいないと言う事もあったようだ。このPR-4は何回かタッチアンドゴーを繰り返していた。

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 最近リニューアルした某HPでC-133の話題を取り上げていて私も参戦すべく過去の画像を見直して化粧直しをしたが何故か投稿拒否にあってしまった。せっかく再調整したのにゴミ箱行きももったいないので当ブログで紹介したい。

C-133と聞いてその姿をイメージ出来る人はあまり居ないだろうね。私はマニア活動を始めた頃になんとか現役の姿を押さえる事が出来てラッキーだった。

 1969年3月23日、日曜日はいつもの横田を捨てて何故か厚木へ出かけた、基地公開にはその前に2~3回行っているがエンドへ行くのは初めてだった。初めて行ったので行きやすい大和駅から徒歩15分の相鉄線トンネルへ。この日は北風だったので離陸側、マニアは原則的に着陸側へ行くのでここには誰も居なかったように記憶している。
 そんな中で上がってきたのがお目当ての海軍にではなく空軍の輸送機、C-133だった。大型機なので低い上がりを期待していたが、135mmでこんな感じだった。

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 後で聞いた話しによると厚木では地元マニアが海軍機以外はゲテモノとしてレンズを向けると先輩マニアからそんなものを撮るなと邪魔をされたとか。私は横田マニアだったのでそんな事は無かったが厚木マニアには近寄りがたい雰囲気があった。 こちらは1969年3月8日の横田。

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 1971年の8月、何故か知らないがこの日は厚木へ。
日曜日なのでフライトはやはり無かったのだろう、それではと噂に聞いていたニッピの裏側(東)へ行くと海自2機とNAVYのトラッカーが並んでいるのが見えたが証拠写真。
 フェンス沿いに登っていくとCH-46の姿が見えた、たしか近くに木があり登って見るとフェンスをクリアー、この日まともに撮れたのはこの1機だけ、トホホ。

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某BBSが今日で終了、未使用の画像をこちらで紹介しますね。
1970年頃にはタンカー任務でAー3が空母に搭載され、横須賀に入港すると
艦載機が厚木に降ろされてマニアを喜ばせていました。
1969年にはNHレター、胴体に帯を巻いていました。
 
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今では撮影に行かない悪天でも休みで飛びそうな日には出かけていました。
これは空母オリスカニーの出港、1971年です。ASA400のトライXでもかなり露出が厳しかったですね。
 
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今日も捜索ついでに出て来た画像です。
1971年8月14日は厚木基地へ出かけていました。小田急線大和駅から歩いて20分程で滑走路北側の相鉄線のトンネル(今は立ち入りが出来ない)に着きます。
ここからは基地のエプロンが見え状況が良く分かります。
又南風、19運用時には着陸機が頭上を通過するのでこの付近は撮影ポイントになっていました。
北鮮の沿岸を飛行中の海軍電子偵察機、ECー121厚木をベースにしていたので行けばかなりの確率で撮影チャンスが有りました。
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さすがのECー121も1970年頃にはレシプロ機ということもあり老化が進み、後継機にバトンタッチしつつありましたね。
その後継機は同じロッキード社製の旅客機、エレクトラから改造されたPー3を更に改造したEPー3B、こちらも厚木をベースにほぼ毎日飛んでいたようです。
現在は嘉手納にベースを移してせっせと飛んでいるようです。勿論中身は大幅にグレードアップされているらしいですが。
こちらももう40年近くになるのでそろそろ後継機ができてもおかしくないですね。
次はEPー8になるのかな。
 なおこちらはトンネルから更に南西方向へ歩いて10分程、通称墓場ポイントから。
 
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