飛行老人の飛行機話

Yahooからの引越しに伴いタイトルを変更

カテゴリ: 昔の写真、ドイツ

 シェネフェルトはターミナル屋上に展望デッキが有りエプロンの撮影が出来たが滑走路は遠すぎた。
インターフルークのTu-134,

東独199010310005_R

IL-18、この後エアベルリンに移管された。

東独199010310006_R

IL-62。

東独199010310009_R

ドイツ空軍のマークを付けたIL-62、ケルンボンから政府関係者の通勤に使用されたと聞いた。

東独199010310011_R

インターフルークのの新鋭A310だがこの後どうなったか。

東独199010310008_R

アエロフロートのIL-86、乗客の乗り降りには内臓タラップで機体前後に付いていた。

東独199010310010_R






 1989年11月、ベルリンの壁が壊れてから間もなく31年が過ぎる。
壁の崩壊後、東側へマニアが流れ込んで東側の飛行機を撮っているという話を聞き、翌年の1990年10月に旧東独撮影の旅に出かけた。この時はお目当ての軍用機はあまり撮れなかったが、民間機はシュネフェルト空港で未だインターフルークが飛んでいたのでそれなりに撮影できた。
 今は新しい滑走路が出来てこの場所へは入れなくなったようだが、滑走路の西端南側では着陸と滑走路にラインナップするところが撮影できた。
 地元インターフルークのTu-134、次の年に行ったら運航停止していた。

東独199010300002_R

 TU-154の3連発、当時は未だロシア製の機体が幅を利かせていた。

東独199010300004_R

東独199010300006_R

東独199010300007_R

 1日2往復していたベルリンーモスクワ線で飛んでいたIL-86、シップチェンジで乗り損なってしまった。

東独199010300008_R






イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

>シェネフェルトには旧東側の盟主国、ソ連からはアエロフロートが1日2便モスクワから定期便が乗り入れていました。

夜来て翌日の朝に帰る便はTU134でしたが昼の折り返し便はIL-62やソ連版エアバスのIL86が来ていました。

PBBも着くようですが、シェネフェルトでは内蔵式乗降用タラップを使用していました。

後日IL86にのって見ようとこの便を選んだら残念ながらIL62にタイプチェンジでした。

TU134はモスクワからシェネフェルト迄夜の便に乗る事が出来ましたがYS-11よりも狭く感じました。しかしトイレには天窓がついていて、こちらは先見の明ありでしょうね。

なおTU134ではシェネフェルト空港着陸の際、操縦席で立ち見の見物をさせてもらいました。
今考えると怖いですね。どうせなら機首の航法士席の方が良かったかも。(笑)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

今日はシェネフェルト、外柵TU154です。

騒音規制の為本国以外ではほとんどお目にかかれなくなってしまいましたね。

当時は東側の航空会社でかなり飛ばしていたのでシェネフェルトでも何機か見かけました。

バルカン、マレブは言うに及ばず、本家のアエロフロート迄エアバスになってしまいました。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

結局1990年10月はインターフルクのすべての機種を撮る事が出来ました。

A-310はインターフルクが導入した初の西側の機体で塗装も新塗装?になっていました。
このA-310はその後統一ドイツ空軍へ移管され塗装も変更になっています。

がターボプロップのIL-18は定期便は飛んでいなかったようです。

↑このページのトップヘ