飛行老人の飛行機話

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2011年12月

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今年最後の日、室内の片付けをやっていたら急にギクッと来てしまいました。
最後の最後になって...いつまで続くやら、不摂生が祟ったのかも。

さて今年を振り返っての後半は8月恒例の横田の公開です。
今年は韓国からの参加、海兵隊からもイマイチでした。が横田ハークはデモで飛んでくれました。
背景の36エンドの国有地、40年程前には私もたむろしていました。

9月は被災地高速道路無料化に便乗して、横浜から来た友人と近くのインターで待ち合わせ、三沢の公開に行って来ました。
最大の目玉は太平洋初横断成功のミスヴィードル号のレプリカによる記念飛行の公開でした。
この真っ赤なビヤダルでよくぞ太平洋を横断したものです。

9月下旬からは航空観閲式に向けての事前予行に何回か百里へ通いました。
RF-4C、F-15Jの機動飛行はマニアを魅了させましたが、小松でのタンク落下事故によりF-15Jのフライトがキャンセルになったのは残念です。

10月には2週続けて韓国へ、最初はソウルエアショー、次の週はオーサン基地の公開へ。
格安航空会社のおかげで国内よりも安く行けました。
ソウルでは新生ブラックイーグルを見る事が出来ました。
アフターバーナー付きの機体はキレ味が良かったですが、まだ粗削りの所が有りますね。

2回目のオーサンの後では仁川空港での撮影に挑戦しました。
怪しげなビジネスエアー、新塗装のサザンエアー等の着陸が撮れましたが、ウラジオエアーのA330は次回の課題として残りました。

11月13日は福島空港にB787が来ると言うので行って来ました。
羽田への初到着や、初便は諦めてこちらの方が撮影環境は良かったように思いました。

12月はこちらも初挑戦のランカウイへ。
時間的に好条件のLCC、エアアジアX、ランカウイまで片手ちょっと、滞在費をいれても両手でお釣りが来ました。

クアラでは撮影ポイントを探し求めて1時間程歩いてしまいましたが、ランカウイでは英国行きでの国際運転免許を持っていた為、到着口で呼び込みの有ったレンタカーの安さに魅かれてボロイ車を借りてしまいました。(笑)
フライトは少なめでしたが、ミグ29、スホーイ30は良かったですね。

来年は恒例のタイの子供の日を予定していますが、腰の状態次第です。

読者の皆さまご愛読ありがとうございました、良いお年をお迎えください。

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今年も残すところ後1日になった。

反省と来年に向けて振り返って見る事にしました。

1月には最近恒例となったタイの子供の日へ。
ドンムアンは午前中逆光なので午前中に行って午後早目に帰って来られる所を検討した結果、タクリとロップブリの空陸軍基地を廻ったが慾張り過ぎてしまった感があり、ドンムアンへ戻ったのは午後1時を過ぎてしまい、F-5のお帰りには間に合わなかった。
幸い飛来した機体は以前にも来た事が有るスペシャルだったのは救われた。(-_-;)

翌日にはプーケットへ。
あらかじめ目を付けていた山の中腹へ、険しい坂道をやっと登ると眼下には素晴らしい光景が広がり、苦労が報われた。

1月下旬から2月には嘉手納にAKのラプターとアグレッサーが来たと聞き出かけましたが、残念ながら沖縄の冬、天気には恵まれませんでした。

2月下旬には前から行って見たかった釜山へ、ここは北風で離陸するとほとんどの機体が左旋回の出発方式を実施していたからでした。

そして3月11日、この日は午前は百里でアグレッサーを撮り、午後には成田へ。
ロックグループが特別機で来るというものでしたが、予定より遅れアプローチに入って来てタワーにコンタクトする前にグラグラと来てすべての便はゴーアラウンド、ホールドがかかりダイバートしてしまいました。
私も即帰宅を試みましたが通常3時間弱の処を2倍の6時間もかかってしまい、何とかたどり着いたのは21時半ごろでした。幸い我が家にはほとんど被害は有りませんでした。

翌日は自宅上空を朝からヘリが行ったり来たりかなりの数が見られましたが高度が高く、証拠写真に終わってしまいました。

5月、タイガーミート、トルコ空軍100周年等を検討しましたが、費用の面でパス、台湾の花蓮
基地公開へ行く事にしました。
が、台風の為プラクティスが出来ないという事で延期されてしまい、航空券は変更できない格安券
の為、観光旅行を兼ねて出かけましたが、天候不良に祟られ、鉄道の旅を楽しんで来ました。
最後に立ち寄った松山空港も雨、しかし新生遠東航空のMD90を撮る事が出来ました。

7月には嘉手納基地公開を兼ねてこちらも念願の下地島へ。
朝のうちは曇っていたものの昼頃には晴天となり期待通りの画像が撮れました。

更に7月下旬には当初計画に無かった英国、RIATへ行き、その後噂に聞いていたウエールズへ
初日は天候不良で観光、帰国予定日は朝からピーカン昼までに現地を出れば飛行機には間に合うのでマックループの初心者コース、CAD-EASTへ行きました。
谷間の目線の下を飛ぶホークだけしか目に出来ませんでしたが次回はトーネードーあたりを撮って見たいものです。

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昨日も一昨日に続き成田へ。
お目当てはFEDXのパンダでしたが、見事外れてしまいました。

ポーラーも黄色い尾翼を期待していたのですが、こちらも残念。

コリアンのA380はデイリーで朝の便で飛んでいて、後方にはルフトハンザのA380が見えました。

一昨日出し忘れたエキュレイユ(JA6038)、珍しく成田へ着陸、離陸して行きました。
残念ながら撮影場所からは逆光でした。

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昨日は久しぶりに成田へ行って来ました。

百里の近くを走っていると友人から未だ飛んでいるようだとの連絡が入り、ランウェイも21らしかったので急遽寄り道をしました。

近くまで行くとオジロが2羽帰って来ました。タッチアンドゴーのベースの捻りを期待したものの残念ながら大回りをされ、証拠写真になってしまいました。

成田の方も気になっていたので早々に切り上げ成田へ着いたのは12時でした。

こちらはランウェイは34がインユース、到着ラッシュ時間でした。

エチハドは相変わらずの成金塗装のA340、エアプサンはA321が何時の間のかB737に
機材変更していました。

お目当てのエバエアーはこの日からA330ー300に機材変更、ハローキテーのスペシャル塗装
でした。前の便とのセパレーションかゴーアラウンドのおまけつきでした。

ダイナスティーはA340、ノーマルでした。

前日夜出発予定だったエミレーツが2時前に上がりそうだとの連絡が入り、普段は撮れない離陸を
撮る事ができました。

この後、カメラの修理に銀座まで行く予定だったのでエバエアーの離陸を待たずに引き揚げました。

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1週間ほど前の那覇空港でスクランブル発進の2番機(868)が管制官からの離陸中止指示によりアボートしたところ、滑走路を逸脱した事故が有りました。

事故調査によると既に離陸許可をもらってアフターバーナーをオン、MAXパワーで離陸滑走を始めた所へ有りえない急な管制官の離陸を中止せよとの指示が来てパイロットも唖然として操作を間違えてパワーをアイドルに戻す所をカットオフしてしまい、油圧系統が作動せずステアリングが効かなかったのが原因のようです。

しかしここで不思議に思うのは最優先されるべきスクランブル発進を止めてまで後続の着陸機のセパレーションを撮る必要が有ったのでしょうか?
バーナーオンでV1(離陸決心速度、この速度を超えると滑走路上には安全に止まれない、民間機でもこの速度を超えて機体に不具合が発生しても離陸を継続するように規則で定められている)に達する迄10秒もかからないのは戦闘機を知る人には常識ですが、管制官はご存じ無かったようですね。もしかしたらV1を超えていたかもしれません。

世界常識的にみても軍事が最優先されているのは明白です。
お隣の某国では軍事演習の際に勝手に民間航空路を閉鎖して演習を行っています。
私も大連に行った時、ドアーが閉まってから30分以上もエンジンスタートせず待たされた事が有りました。説明によると軍の演習による空域閉鎖の為だとかの説明が有りました。
そんなら事前にNOTAMを出して出発時刻の変更をさせておけば良いじゃないかと思いました。

翻って日本では那覇以外の共用空港では自衛隊が管制圏を握っていて今回の様な事態は発生しないでしょう。

また管制官にスクランブルの意義が判っていれば今回の様な事態は発生しなかったと思われます。
もしかしたら新人の管制官だったのかもしれません。聞くところによると国交省管轄の新人管制官の最初の配属先はローカル空港では無く、成田、羽田等の煩雑な空港だそうです。
新人はローカルでじっくりと慣れさせてから主要空港へ再配置すべきではないでしょうか?
成田あたりで無線を傍受していると時折?と思うような指示を出している管制官がいて、隣りについているインストラクターが訂正しているのが聞こえます。

今回の事故の第一原因は管制官です。
素人大臣は遠慮せずに国交大臣に今後このような事が無いように申し入れるべきですが、その後そのような話が出たとの報道は無いようです。

いずれにしても当事者のパイロットはめげずに再起して欲しいものです。

なおついでながらこの際、尖閣諸島有事に備えて自衛隊基地の下地島移転をお勧めします。
当地は騒音問題も無く、24時間運用の基地には最適です。
一時は盛んだった民間機の訓練もJ社の利用は無くなり、A社が細々と続けているだけの大赤字空港です。
民間機の訓練はトラフィックの少ない福島空港への移転をお勧めしますよ。

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