飛行老人の飛行機話

Yahooからの引越しに伴いタイトルを変更

 今日、1月20日は日付けネタを思いつかないので、C-119の双胴機繋がりを探したらロシアのMー55があった。
米国のU-2と同じような目的で開発されたらしい。
 2009年のMAKASへ行った際には地上展示された。

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 2012年のロシア空軍100周年行事ではデモフライトを実施した。

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 今日、1月19日はC-119の日。
今から60年ほど前の1960年頃、冬の晴れ渡った我が家の上空を機体を銀色に輝かせて飛ぶ双胴の飛行機を鮮明に記憶している。当時は戦記物等を愛読していたのでてっきりP-38とばかり思いこんでいたが、後で米空軍のC-119と判明した。しかし私が撮影を始めた頃には日本の空から姿を消していた。
 しかし1992年4月に台湾を訪れて台北、松山空港へ行った際にROCAFのC-119を撮影する事が出来た。
当時は未だ戒厳令が敷かれていて空港での撮影は禁止されていた。そこは蛇の道は蛇でマニアは色々と考える。
 空港近くではヤバそうなので新生公園のベンチで待機、周りに人の姿が見当たらない時だけカメラを取り出し素早く撮影バッグに戻す動作を繰り返した。残念ながら天気が良くなかったが、C-119の飛んでいる姿を撮る事が出来た。

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 転がりは撮れないかと空港近くの道路をウロウロしていると建設中の建物を発見、屋上へ上ると空港内が見渡せた。しばらくすると隣の建物の住人と目が合ってしまった、早々に退散。証拠写真が撮れただけでもめっけものだった。結局この時がROCAFのC-119に遭遇した最初で最後のチャンスだった。

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 C-118はDC-6Bの軍用型、貨物機よりもVIP輸送用として1970年頃迄横田でその姿を見る事が出来た。
 1969年3月の立川。

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 1970年8月の横田。

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 1971年2月の横田。

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