飛行老人の飛行機話

Yahooからの引越しに伴いタイトルを変更

 今日はちょっと飛行機の話題を外れて最近の読書から。
先日近所の図書館へ行って何気なく借りて来た本に高島哲夫著”首都感染”というのが有った。
発売はCOVID19が発生した丁度10年前、2010年12月に発売されているが、発生元は予言したかのように中国だった。
 感染は世界中に広がるが日本は題名の通り都内に感染者が帰って来て発病したが、首相のリーダーシップのもとに都内で止めて全国に蔓延せず、封じ込めに成功、ワクチンが完成して事態が収まるというめでたしめでたしの結果に終わるというもので都合よく事態が収拾してしまうのはちょっと楽観的だが。感染状況は今回と違うが、小説とはいえかなり参考になるのではないだろうか。
 残念ながら先の太平洋戦争におけるわが軍の兵力の小出し戦力の失敗経験が生かさせていないのは戦後75年も経って経験者が少なくなってしまったのも一因だろう。
 皆さんにお勧めしたい一冊だ。

首都感染







 1979年7月の嘉手納ではVAー25のA-7Eが撮れた。当時は空母”レンジャー”に乗っていた。
嘉手納をベースにしていたというより空母と行ったり来たりしていたらしい。この後にもVAー25のA-7Eを撮る機会はあったが色気の無いロービジになっていた。
興味のある方はVAー25で検索するとホームページが出てくるよ。

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 1982年7月、DNのF-4Jを撮った時にはVMFAー235”BD”デスエンジェルスのF-4Jも嘉手納で移動訓練をしていた。この部隊は後にFAー18に機種変更をしたが1996年に解散してしまった。

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